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衛生講話の部屋

蜂刺傷による健康被害とその対策

2024-09-22  《衛生講話の部屋》

昨年9月、軽井沢町の測量現場で作業員がハチに刺されて死亡する事故があり、小諸労働基準監督署は6月3日、松本市の測量業と、同社男性部長を労働安全衛生法違反の疑いで地検に書類送検した。同社と部長は軽井沢町内の茂みの中で作業をしていた男性アルバイト従業員ハチに刺されないようにするための保護具を装備させないなど適切な措置を怠った疑い。男性はクロスズメバチに数か所刺され、アナフィラキシーショックを発症。その後、搬送先の病院で死亡が確認された。

厚労省の調査結果によると、死因分類が「有毒動植物との接触」とされるものの中で、毎年ハチ刺傷による死亡者が最も多く、そのほとんどがハチ毒に対する特異的IgEを介したアナフィラキシー・ショックが原因である。全国のハチ刺傷による年間死亡者数は、昭和期には73名を記録した年もあるが、平成以降は20人前後で推移しており、事故件数の変動はその年のハチの発生数に関係していると言われ、5-6月に雨が少なく気温が高いとハチの繁殖に好条件となり、個体数の増加がハチ刺傷の増加として現れる。林業従事者、営林署職員、養蜂家、造園業者、電気設備事業従事者など、業務上ハチとの接触機会が多い農村部・山間部における野外労働者はハチ刺傷のリスクが高く、その刺傷事故に対して業務遂行性と業務起因性の2つが認められる場合は業務災害に該当し、労災補償の対象になりうる。従って、ハチ刺傷事故は労働安全衛生法上の重要な問題の一つと捉えなければならない。

1.ハチの生態

ミツバチ類の毒針には逆棘があるため、1回刺すと相手の創傷内に針が残って刺したミツバチは死ぬが、スズメバチやアシナガバチの針には逆棘がないため、複数回刺傷を負わせる事が出来る。ハチ刺傷で死に至るケースは、スズメバチによるものが大半を占める。働きバチは6-7月になると数を増やし始め、巣も急速に成長して7-9月までに目に見えて大型化してくる。コロニーの攻撃性が高まるのは巣が大型化するこの時季で、ハチによる被害報告が増えるのもこの時季である。

2.ハチ毒によるアレルギー反応

 アレルゲンとなるハチ毒が皮膚から侵入すると、体内で抗体抗原反応がおこり、その抗原に対して特異的なIgE抗体が産生され肥満細胞と結合する。その後再びハチ毒素が侵入すると、ここから炎症性物質が放出され、全身の炎症を伴うアレルギー症状を起こしてショック状態に陥る。すなわち急激な血圧低下、呼吸困難、意識消失を経て、死に至ることもある。このようなアナフィラキシー・ショックは刺されてから数分から30分以内に起こることが多く、刺されてから発症までの時間が短いほど重症である。またハチ刺傷は初回よりも2回目以降に全身アレルギー反応を起こす危険が高まり、罹患するごとに症状も重篤になる。ただし、初めての刺傷でも重篤な全身反応が起きる可能性はあり、致死のリスクは皆無ではない。「1回でも死ぬときは死ぬのである」

3.ハチ毒による中毒

ハチ毒は生体への直接的な傷害から多臓器不全を生じさせる中毒死の原因になることもある。ハチの大群に襲われて全身数十か所をほぼ同時に刺されハチ毒が大量に注入されたケースで、大量の溶血、凝固障害、横紋筋融解症、高カリウム血症、急性腎不全、脳症、肝障害、高血糖症を起こし、短時間で死に至ることもある。

4.ハチ刺傷の予防対策

1.巣に近づかない;

近づくほどハチの攻撃性は高まり、半径10m以内は特に危険である。野外作業で巣を発見した場合は振動等の刺激を与えないようにし、テープ等で囲って表示を行い、撤去されるまでは付近での作業を避ける。

2.皮膚を露出させない;

刺傷部位は手が最も多く、次いで頭・顔・頚などの頭頚部が続き、衣服から露出した部位に受傷する。着衣の上から刺されることは比較的少ないので、服の下にハチが入り込むことを防ぐために肌に密着する衣類を着用する。

明るい色の服を着用する;

カーキ・ベージュ・水色などの明るい色の服を着用し、柄物・黒っぽい色・光沢のある生地の衣服を避ける。また整髪料・香水など化粧品類の匂いもハチを刺激する。

3.飲み残しに注意;

ジュース等の甘い香りはハチを引き寄せるので、飲み残しの入った缶やペットボトルは蓋を開けたままの状態で身近に置かない。飲み残しや菓子などが捨てられているごみ箱の周辺も危険。

4.保護具を着用する;

顔面を保護する防蜂網および防護手袋等を着用する。

5.無防備でハチに遭遇した時は

 スズメバチは巣に近づいた敵に対して、相手の上空を旋回しながら羽音共にアゴを鳴らして威嚇する。威嚇音を耳にしたら、大ぶりな動作を避け、姿勢を低く保ちながら静かにその場を去る。ハチは水平方向の動きに敏感に反応するので、腕を左右に振るなどして追い払おうとしない。

6.ハチに刺された時は

指先で患部をつまみ、毒液を絞り出す。ミツバチ刺傷の場合は、毒針が患部に残っている場合には、針を抜き取る。ハチ毒は水溶性なので、患部を水で洗ってから抗ヒスタミン剤やステロイド軟膏を塗り、患部を冷やしながら、速やかに医療機関に受診する。アンモニアや市販のかゆみ止めは無効。ポイズンリムーバーがあれば患部から毒液を吸い出し、医療機関に受診する。

ハチ刺傷者にアナフィラキシーの既往歴がある、ハチ毒アレルギー検査陽性である場合はショック状態を緩和するアドレナリン自己注射キット(エピペン)を使用する。ただしエピペンの有効時間は10-20分なので、注射後は直ちに医療機関に受診する。多臓器不全のようなハチ毒中毒による重篤な全身症状は刺傷後1日経過してから発症することもあるので、多数のハチに襲われた時は、もしその場で症状が出ていなくても、入院による経過観察が必要。患者を運ぶときは背負わずに担架に載せて移送する。症状に応じて救急車を要請する。

7.エピペンについて

エピペン®はアナフィラキシーの症状が出た時に使用し、症状が悪くなるのを抑えるための補助治療剤です。アナフィラキシーの治療薬であるアドレナリンが入っており、アドレナリンを速やかに注射できるように設計された注射針一体型自己注射用製剤です。エピペン®には0.15 mgと0.3 mgの製剤があり、2011年9月から保険適用となっている。

有効性と安全性

アナフィラキシーに対するエピペンの有効性は82%、有害事象は3.7%と報告されてる。有害事象としては、アドレナリン自体の作用による血圧上昇、心悸亢進、不整脈の出現、悪心・嘔吐、頭痛、振戦などがあり、針による切創、出血、疼痛などもある。

エピペンを打つべき症状

消化器症状;繰り返し吐き続ける 持続する強い腹痛

呼吸器症状;のどや胸が締め付けられる 声がかすれる 犬が吠えるような咳 持続する強い咳き込み ゼーゼーする呼吸(喘鳴) 呼吸困難感

全身症状;唇や爪が青白い(チアノーゼ)、脈を触れにくい(血圧低下)・不規則(不整脈)、意識が朦朧としている、尿・便失禁